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大井八幡大神社

  • 継獅子 大祭当日

  • 宮出し

神社名
大井八幡大神社
ふりがな
おおいはちまんだいじんじゃ
宮司名
櫛部 浄文
電話番号
0898-53-2251
神社主な祭礼
 1月15日 年賀厄除祭
 5月第3日曜日の前日、土曜日 例祭
 7月31日 夏越祭 
神社主祭神
品陀和氣命(ほむだわけのみこと)
帯仲津日子命(たらしなかつひこのみこと)
息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)
底筒男命(そこつつおのみこと)
中筒男命(なかつつおのみこと)
表筒男命(うわつつおのみこと)
玉依比売命(たまよりひめのみこと)
他二柱
神社境内社
御矛神社
荒神社
天神社
稲荷神社
神社御神徳
家内安全
海上安全
交通安全
厄除延命
安産
漁業
神社特殊神事
獅子舞
神社由緒
 社伝によれば、第42代文武天皇の詔勅によって大宝2年8月(702)国司散位乎智宿禰玉純が奉行となって神殿を造営し、風早の国造であった阿佐利命と怒麻の国造若弥尾命の二柱を崇祀して大井宮とした。
 後に56代清和天皇の貞観元年(859)に宇佐八幡大神を山城国男山に勧請の時、航路に当たる当郷の弓津恵島に船舶したとき、八幡神の御神託があり、国司大領使河野深躬が垂跡の地に八幡宮を勧請し仮神殿を建立奉斎した。 
 寛平2年(890)6月28日、国司府中館散位越智宿禰が大井宮に八幡宮を合祀し、大井八幡宮と称した。 
 延元3年(1338)3月後醍醐天皇の皇子、尊真親王がこの里で薨去され、御霊を当社に合祀した。天正13年(1585)河野氏減亡後、府中(今治)城主となった福島正則に神領を召し上げられたがその後藤堂高虎は社領を復し、松山領になってから初代松山藩主松平定行公が野間郡の三大社の一社に定めれれ、大守の御祈願社であり毎年元旦には武運長久、大祭には代官の参拝があり、雨祈・五穀祭等は代官の申し出で行うことが旧記に残っている。
神社鎮座地
今治市大西町宮脇甲1420甲1421
神社駐車場
有 境内5台本殿裏10台