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井守神社

神社名
井守神社
ふりがな
いもりじんじゃ
宮司名
矢野 耕一郎
電話番号
0896-74-3282
神社主な祭礼
年越歳旦祭
荒神宮春祭
春季例祭 年賀厄除祈願祭
天神神宮春祭神輿巡幸
 7月 1日 夏越大祓祭
10月15日 秋季例祭
新穀感謝祭
神社主祭神
大山積命(おほやまつみのみこと)
高おかみ神(たかおかみのかみ)
大雷神(おほいかづちのかみ)
神社境内社
荒神宮(須佐之男命 宇賀魂紙) 根々見より
天神宮(菅原道真公) 大坪より合祀す
辦天宮(市杵島姫命) 安藤宮(祖霊)
神社御神徳
開拓
山林
水利
造酒
家内安全
商売繁盛
学業
海上発展
神社特殊神事
花まつり
神社由緒
 当社は、大宝元年、宇摩大領*樹下大神越智玉澄が、宇摩西部に居を構えた時に井の上に三島大神を勧請したと伝えられる。(井の上というところに玉澄の霊を祀る) 天暦6年現在地に奉還したが、境内に出湯井があり、この流れを、里人は御井の川と呼び、彌津波能賣神を合祀して井森大明神と称える。これにより近井郷の名も起こると云う。
 天智帝が皇太子の御時松山への途時、此処に立ち寄られしとの伝承あり、この流れを改修の折、珍しい古い岩石が十石出てきた。里人は、これを帝愛十石と名付けている。その中の一石を境内の手水舎横へ安置してある。天智帝湯座といって帝が御来浴のみぎり衣を掛けられた岩といひ伝う。その後、天武帝の白鳳12年癸未の6月頃より冷泉になったと云う。それより後、清流として名がある。
 天正の頃、薦田氏の祈願所となり、後に幕領に入る。明治6年村社に列せられる。なお、村名を付ける時、近井の原の中であることから中村と称した。古跡や末社が多く、今も地名などにその名を留めている。昭和21年宗教法人法により神社本庁に所属する。
 平成の世になり、2年に中殿・神饌所、参道を改修し、11年には木造両部第二大鳥居を特殊鋼両部鳥居に改修し、社頭玉垣整備した。
神社鎮座地
四国中央市土居町中村1356
神社駐車場
有 数台