神社名 |
伊太祁神社 |
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ふりがな |
いだけじんじゃ |
宮司名 |
近藤 晃司 |
電話番号 |
0896-23-1896 |
神社主な祭礼 |
年越歳旦祭 3月最終日曜日 春季年賀厄除 旧6月13日 夏越大祓 10月15日 秋季例大祭 新穀感謝祭 |
神社主祭神 |
五十猛命(いそたけるのみこと) スサノオノミコトのお子 大屋津姫命(おほやつひめのみこと) 五十猛命の妹神 抓津姫命(つまつひめのみこと) 五十猛命の妹神 |
神社境内社 |
門神(櫛石窓神 豊石窓神) 梅宮社酒の神 春日社天神社(菅公) 若宮社(若宮大神) 霊神社 稲荷社(五穀社) 八幡社(八幡大神) 水矛権現(天正の義民) 梅林大権現 庚申塚(猿田彦命) |
神社御神徳 |
農林殖産 木材業 漁業 航海 交通安全 厄難除け(難病に霊験) 開拓の神 |
神社特殊神事 |
旧6月13日 水矛権現祭 義人 安藤惣之進の命日 |
神社由緒 |
昔から住んでいた人たちは、この地の三月田(サンガツデン)というところに自分たちの祖神である国魂飯神(クニタマイイイノカミ)をお祀したと云う。その後、ここに移り住んだ人たちは、今の和歌山県である紀伊国(キイノクニ)から一宮正一位勲八等伊太祁曽大神(イチノミヤショウイチイクンハットウイタキソオオカミ)の分霊を請いおまつりしたという。今から六百余年前の元中2年(ゲンチュウニネン)のことであり、このお宮を伊太祁神社(イダケジンジャ)と称した。この地域の飯武(イダケ)という呼び名の起こりもこのことからきている。 なお、この地の三月田には古墳や窯跡があることから、この土地は古くから開けた地域であることが窺える。室町時代の末頃、岡山の児島城主の子、加地修理之進が江州慰ヶ城落城後、当地に来り住み大神を深く尊信し、その子孫長く宇摩郡の大庄屋郷士となるに及び、一族も栄え、次第に社殿神域も整い産土神(いいだけさん)と信仰せられ明治の世を迎える。明治6年村社に認定される。昭和46年基本財産充実の奉賛会が結成され境内が整備された。 しかし、16年の台風による築後約二百五十年の本殿の修復の課題をかかえ、氏子の少ない小規模神社の対応が問題となっている。 |
神社鎮座地 |
四国中央市土居町土居273 |
神社駐車場 |
無(近くに数台は可能) |
氏神地域 |
〒799-0711 四国中央市土居町土居上飯武、中飯武、下飯武 |